ATOK

ATOKという存在自体忘れてたけど、職場に1台だけATOKが入ってるマシンがあった。
わしも98を隅々まで鍛えたクチなので、もちろん一太郎使いだった。しかし時代はwindozeへ。

MS-IMEなる阿呆なソフトでは文書入力などどうしようもなく、当然その後もATOKを使ってた。
軽くて賢かったATOKも、バカみたいに辞書がでかくなり、大きなお世話な機能もついてうざいソフトに変わりつつある時代だった。
しかも、不安定だった。

ATOKなんか使うのがいけない

なぞと、くさかべよういち氏に怒られてしまう時代だった。
VJEなんかも試したけど使いやすくも無いし賢くもなかった。
多少の不安定さには目をつぶって、ATOKを使いつづけるほうが効率が良かった。

しかし、ある時期状況は一変する。
就職し、仕事で使うマシンにはATOKが入ってない。プライベートでもMac使いになっていた。
Mac上のATOKはすこぶる悪かった。
会社ではキーバインドだけATOK風にしてMS-IMEを使うようになった。
MS-IMEも95になり依然としてバカだが最低限の芸当はできるようになっていた。
文章らしい文章を打つことも少なかったので、どうにか妥協できる状態だった。

まだ問題があった。
不特定のマシンを不特定の人間が使うので、いきなり使うマシンでいちいち自分の環境整備などしている余裕はない。
小規模かつハイレベルな集団であれば、多少の啓蒙をすれば各自が快適な環境を築くようになるが、文盲同然で全く進歩しない集団を前に、デフォルト設定を変えることは到底できることではない。
やがて、キーバインドすらもMS-IMEのデフォルトに慣れないとだめになり、わしの中のATOKは、ついに消えた。
そのまま何年か経つ。

そして冒頭に書いたように久々に今日ATOKを見た。
同時に、MS-IME 2002だか?という新しいIMEも見た。

懐かしさでATOKを使うが、もう手が覚えていなかった。
しかし、文章の頭から確定していくというプロセスは、とても日本語の思考に合っていると思った。IM-IMEでも大差無いんだけど、微妙に違和感がある。
そしてもう一つ。とても悲しいことに気付いた。
ATOKをやめてから、MS-IMEをどんなに教育してもアホで変換効率が悪いので、いつのまにかほとんど

連文節変換をしないようになっていた

ここまでMSに合わせた体になってしまっている。
MSの製品は「なんでもできます」と言いながらユーザの自由を奪う。
バージョンアップのたびに、多少は進歩もしてるが、余計な負担もより多くかけるようになる。

MS-IME2002。
ようやく、連文節変換と学習が賢くなってきた。
もう二度とATOKを思い出す必要はなくなるかな。

ももやき金太

地鶏旨い。
おおきなゴキブリがいた。食材が美味いとゴキブリも良く育つ。大ウソ。
大将が一瞬で退治した。
そんな技を鍛える暇があったら(以下自粛)

ITOH Osamu/ Sachi/ Guest Book/ 036@itoh.gentei.org